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タワー・オブ・テラー No.5 ~ハリソン・ハイタワー三世~
DSC02109_1.jpg


 今回は、東京ディズニーシーの人気アトラクション『タワー・オブ・テラー』特集の続きです。

 今回は、『ホテルハイタワー』のオーナーである、『ハリソン・ハイタワー三世』に焦点を当てます(^-^)


 ハリソン・ハイタワー三世は、1835年、アメリカ、ニューヨークに生まれました。頭脳明晰でしたが、横暴、傍若無人で利己的な秘密主義者でした。12歳の頃、イギリスの学校で『エンディコット三世』というクラスメートをひどい目に遭わせました。
 エンディコット三世は、のちにS.S.コロンビア号を所有する『U.S.スチームシップ・カンパニー』の社長となりました。幼い頃からハイタワー三世と、長年に渡る確執をもっていました。

 ハイタワー三世はニューヨークで一番の金持ちになり、世界中を旅して様々な文化的遺産を収集するようになりました。

 以下は、ハイタワー三世の探検の大まかな年表です。

1875年アジア探検
1879年ルーマニア、ヨーロッパ探検
1880年東アフリカ探検
1881年イースター島、オセアニア探検
1882年ギリシャ、地中海探検
ローマ、地中海探検
1883年メソアメリカ探検
1884年インド探検
1887年王家の谷、エジプト探検
1888年アジア探検
1892年ホテルハイタワーオープン
1899年アフリカ探検 コンゴ河遠征


 1875年のアジア探検では、ハイタワー三世は日本や中国、韓国、モンゴルなどを訪れ、その文化的遺産を持ち帰りました。日本に行った時には、武将のよろいを持ち帰ったそうです。また、カンボジアに寄った時には、小さな寺院の正面を解体してホテルのロビーにある暖炉の外枠に利用しようとしましたが、その時、ハイタワー三世は村人たちに捕らえられてしまいました。そこで恐ろしい拷問を受け、髪の毛がすべて真っ白になってしまった、と言われています。

 1879年のルーマニア、ヨーロッパ探検では、大聖堂の廃墟からケルト族の門を手にしました。これは、ハイタワー三世のプライベートオフィスへと続くウェイティングルームのエントランスに設置されました。

 1882年の、ローマ、地中海探検では、古代ローマの芸術品を手にしました。その一部は、ロビーにあるゲスト用エレベーターの装飾に利用されています。1899年の事件のせいで、上の部分にはひびが入っています。

 1887年の王家の谷、エジプト探検では、小さなスフィンクス像と神殿から発掘した墓石などを手にしました。それらは、ホテルのフロントカウンターに利用されています。

 また、1875年から1888年まで、それぞれの旅の様子を描いた記念の壁画が、ロビーに描かれています。どれもこれも、やっぱりハイタワー三世がかっこよく見えるようになっています(^^;)
 ちなみに、1887年のエジプト探検の時は、ハイタワー三世がこれまで数え切れないほど行ってきた探検の中で、最も成功した探検のひとつでした。そのため、壁画では、熱気球に乗って飛びたつ、というドラマチックな姿が描かれています。

 そんな数々の探検をしてきたハイタワー三世は、1892年にホテルハイタワーをオープンさせ、これまでの探検の偉業や、旅先で入手した数多くの収集品をホテルの備品として利用したり、保管したりしました。

 そして1899年、アフリカ、コンゴ河の遠征の時にハイタワー三世は、呪いの偶像『シリキ・ウトゥンドゥ』を手にしました。正確には、『強奪した』とも言われています。

 1899年12月31日、ホテルハイタワーは停電し、ハイタワー三世を乗せたエレベーターが落下しました。中からシリキ・ウトゥンドゥは見つかったものの、ハイタワー三世は謎の失踪を遂げてしまいました。

 その後、ハイタワー三世のビジネスは衰退し、ライバルであったエンディコット三世の会社に吸収されてしまいました。

参考元:『ウィキペディア
『タワー・オブ・テラー 公式ホームページ』


 ハイタワー三世がこれまで行ってきた探検と、持ち帰ったものの一部を紹介しましたが、持ち帰ったものはホテル内にまだまだ転がっています。探してみてはいががでしょうか??(^^)

 楽しみが減るので、ここではそれら全部を公開するつもりはありません。多すぎて、公開できない、とも言えますが(;^_^A笑

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タワー・オブ・テラー No.4 ~ホテルハイタワー Part1~
DSC02116_1.jpg


 昨日に引き続き『タワー・オブ・テラー』特集にいこうと思います!

 今回は、ハイタワー三世が建てたホテル『ホテルハイタワー』に焦点を当てます(^-^)


 このホテルは、1892年1月23日、ニューヨーク州ニューヨーク市にオープンしました。オーナーはハリソン・ハイタワー三世で、設計はオスカー・キルノフスキーです。1886年に、ハイタワー三世はキルノフスキーにホテル設計の依頼をしました。しかし、2人の意見が合わず、のちにキルノフスキーは解雇されてしまいました。

 建物は、世界の国々を巡ったハイタワー三世の足取りを象徴した折衷様式となっています。
 また、ハイタワー三世は自分自身を『美・力・気品・卓越性』の象徴としており、このホテルはそれをすべて具現している、と言われています。

 このホテルの建設には膨大な費用がかけられていて、それに見合った収入を得ることは、大富豪のハイタワー三世でも不可能でした。
 しかし、傲慢で利己的なハイタワー三世は、ニューヨーク市民の税金を密かに受け取り、自分の財源をあまり減らすことなくホテルを維持していました。

 1899年の大晦日にハイタワー三世は失踪し、それと同時にホテル内はすべて停電しました。この事件の原因が判明するまで、ニューヨーク市消防署は、ホテルハイタワーを閉鎖しました。その後、このホテルはニューヨーク市民から『恐怖のホテル(タワー・オブ・テラー)』と呼ばれるようになりました。

 その13年後の1912年、ニューヨーク市保存協会は、ホテルの歴史的価値を訴え、修復作業をおこない、ホテル内を無料で巡る『タワー・オブ・テラー』ツアーをスタートさせました。


 ホテルは大きく4つの建物に分けられます。

 1つ目は、『大邸宅(The Mansion)』です。
DSC01195_1.jpg


 ホテルのエントランスになっている建物が『大邸宅』です。5階建てとなっています。
 これは、元々ハイタワー家の大邸宅でした。それを改築して、現在のようなホテルのメインエントランスとなりました。中にはロビーや、ハイタワー三世のプライベートオフィス、『ファラオ探検クラブ』という会員制クラブ、『オリンピック・レストラン』という世界の珍味を堪能することのできるレストランがあります。

 2つ目は、『カリフスタワー(The Caliph's Tower)』です。
DSC01201_1.jpg


 黄土色をした建物がありますよね?これが『カリフスタワー』となります。5階建てです。
 この建物の中には、サンルームや、イスラム調の豪華なスイートルームがあります。現在はニューヨーク市保存協会のお土産屋となっている、『ラジャのスパ&プール』に隣接しています。
 また、この建物の屋根にある銃眼は、ハイタワー三世が1878年のアラビア探検で手に入れたものと言われています。

 3つ目は、『インディアンタワー(The Indian Tower)』です。
DSC02041_1.jpg


 写真の中央に、煙突のような塔が写っていますよね?その左右に、てっぺんが似たような塔があるのがわかるかと思います。その塔に囲まれている建物が『インディアンタワー』です。8階建てとなっています。

 この建物には、1899年のコンゴ河遠征帰還祝賀パーティが行なわれていた『アトランティス・ボールルーム』や、『太陽の庭』があります。その後に起こった謎の大爆発で、太陽の庭は被害を受け、朽ち果てた状態で残されています。

 今回のツアーでは、この建物の中に入ることはできません。

 4つ目は、『グレートタワー(The Great Tower)』です。
DSC02109_1.jpg

 窓ガラスが破損している建物が『グレートタワー』です。14階建てとなっています。

 この建物の、アーチ型窓についている楔石には、メデューサやハイタワー三世の顔の彫像があります。

 12~14階には、アフリカ民族調の装飾が施されたハイタワー三世の自室や、豪華なスイートルームがあります。

 今回のツアーでは、ゲストは業務用エレベーターに乗り、最上階のハイタワー三世の部屋へ向かいます。

参考元:『ウィキペディア
『タワー・オブ・テラー 公式サイト』
『ファンダフル・ディズニー 会員誌Vol.8』


 『ホテルハイタワー』については2つにわけます(^^;) 情報量がとてつもなく多いので。

 …それにしても、このアトラクションのバックグランドストーリーは本当に細かいです。世界のディズニーのアトラクションの中でもかなり細かい方だと思います。
 紹介するの大変ですが(^-^;)、ネタばれしない範囲でできる限り細部まで公開しようと思います!

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タワー・オブ・テラー No.3 ~シリキ・ウトゥンドゥ~
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 今月は『タワー・オブ・テラー』オープン1周年記念として、東京ディズニーシーの記事はしばらくそのバックグランドストーリーをメインにしていきます(^-^)

 今回は、呪いの偶像『シリキ・ウトゥンドゥ』に焦点を当てます。


 『シリキ・ウトゥンドゥ』は、スワヒリ語で『災いを信じよ』という意味です。アフリカ、コンゴ河の一帯に住む部族たちの間で、『呪いの偶像』として恐れられていました。
 というのも、偶像を攻撃しようとする者に、恐ろしい呪いをかけるからです。また、その偶像を手にした部族は、初めは幸福が訪れるけれど、徐々に災厄が起き、最悪の場合、1つの部族がまるごと消えてしまうことがあるからでした。

 シリキ・ウトゥンドゥは、あちこちの部族を転々とし、ハイタワー三世がコンゴ河の遠征に来た時には、ムトゥンドゥ族という部族が所有していました。

 『シリキ・ウトゥンドゥ』は、古代の呪術師『シリキ』が、魔力を引き出すため金属板と釘を打ちつけて作ったものです。その偶像には、呪術師の遺骨の一部が納められている、と言われています。

 また、『シリキ・ウトゥンドゥ』を扱う際の、破ってはならない掟が事細かにあります。

・偶像を崇拝しなければならない
・燃やしたり、火に近づけてはならない
・馬鹿にしてはいけない
・包まない
・埋葬したり、小さな建物の中に置いてはならない
・常に屋外に置き、雨を避け、決して完全に囲ってはいけない
・偶像を置き去りにしたり、捨てたり、他人に渡してはいけない
・恐れなければならない

 特に『恐れる』のは、シリキ・ウトゥンドゥが一番好むことです。

 これらの掟のうち1つでも破った者には、シリキ・ウトゥンドゥの恐ろしい呪いが襲いかかることになります。ハイタワー三世はこの呪いのせいで失踪した、と言われています。

参考元:『ウィキペディア
『タワー・オブ・テラー 公式サイト』
『モーニング 9月14日号(2006年)』講談社


 謎の多い偶像ですが、なんにしても偶像を恐れ、敬意を持って接しさえすれば、呪われずに済みます。みなさん、呪いを信じる信じないに関わらず、そうしてくださいね!(>_<)

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タワー・オブ・テラー No.2 ~ハイタワー三世とシリキ・ウトゥンドゥ~
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 明日で、東京ディズニーシーのアトラクション『タワー・オブ・テラー』が公式にオープンしてちょうど1年になりますね(^-^)

 今回は、『タワー・オブ・テラー』1周年記念の前夜祭ということで、バックグランドストーリーを紹介します。知っている方がほとんどだと思いますが、まァ復習のつもりで読んでいってください(;^_^A


 世界中の様々な骨董品や石造などを収集するのが趣味だった大富豪のハリソン・ハイタワー三世。しかし、目的の物を得るのに手段を選ばなかったといい、時に強奪すら行なっていた、と噂されていた。

 1899年、ハイタワー三世は執事のスメルディングと何人かの人を連れて、アフリカ、コンゴ河を遠征した。その流域に住む、ムトゥンドゥ族に出会い、この村の守り神と崇められている呪いの偶像『シリキ・ウトゥンドゥ』を手に入れた。(しかし、実際には強奪した、と言われている。)

 その年の大晦日、ハイタワー三世は、自らオーナーを務める『ホテルハイタワー』にて、コンゴ河遠征帰還パーティを催した。そこで、偶像『シリキ・ウトゥンドゥ』を披露して、それを手にするのにどれだけ苦労したかを語った。
 その後、ハイタワー三世は、ホテルの最上階にある自室に『シリキ・ウトゥンドゥ』を飾ろうとして、エレベーターに乗り込んだ。

 ところが、深夜0時になると、ホテル内はすべて停電し、緑色の閃光がホテルを包んだ。と同時に、ハイタワー三世の悲鳴も響き渡った。エレベーターは制御不能となり、最上階から一気に1階まで落下した。
 エレベーターはぐちゃぐちゃになったが、奇妙なことにその中にはハイタワー三世の姿はなかった。さっきまでかぶっていたトルコ風帽子と、『シリキ・ウトゥンドゥ』だけを残して。
 その事件以来ホテルは閉鎖され、ニューヨーク市民から『恐怖のホテル(タワー・オブ・テラー)』と呼ばれるようになった。

 それから13年後の1912年、「ホテルの建造物としての歴史的価値が高い」という理由で、ニューヨーク市保存協会はホテルの修復作業を行ない、ホテル内を無料で見学する「タワー・オブ・テラー・ツアー」を開催することになった。

 ゲストは、ホテル内の豪華なロビーやハイタワー三世のプライベートオフィスなどを巡り、最後に業務用エレベーターに乗り込んでホテルの最上階へ向かう。ところが…。


参考元:『東京ディズニーリゾート 公式ホームページ』
ウィキペディア


 この話、改めて聞いても恐いですね。書き方がよくないんでなかなか伝わらないかもしれませんが(^^;) 日本のホラーが多少混じってます。

 このアトラクションほど、バックグランドストーリーが強く出ているものはありません。まだまだ紹介しきれてないことがたくさんあるので、このアトラクションのバックグランドストーリーの紹介はこれからも続きます!

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ジャンピン・ジェリーフィッシュ ~海中浮遊~
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 今回は、東京ディズニーシー、マーメイドラグーンにあるアトラクション『ジャンピン・ジェリーフィッシュ』を紹介します(^-^)

 これは、クラゲの持っている貝のライドに乗って、ライドがゆっくりと上下するのを楽しむアトラクションです。マーメイドラグーンのアンダー・ザ・シー内にあります。アンダー・ザ・シーを一望することができますよ(^^)

 なぜ、ゆっくりと上下するのか、というと、深海に漂うクラゲをイメージしているからです。クラゲは、もちろん自分で動くことができますが、大抵は波に揺られて海中を漂っています。

基礎データ
名称ジャンピン・ジェリーフィッシュ
(Jumpin' Jellyfish)
オープン日2001年9月4日
形式ライド
所要時間約1分
定員2人
利用制限補助なしで座れること
ファストパス×
シングルライダー×
スポンサー×


参考元:『東京ディズニーリゾート完全ガイド』 講談社
『東京ディズニーリゾート 公式ホームページ』
ウィキペディア


 『ジェリーフィッシュ』というのはクラゲの英名です。今更な説明ですが(;^_^A

 それにしても、なんで『ジャンピン』なんて名前にしたんでしょう??海中ではジャンプも何もありませんよね(^^;)

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